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村岡花子訳『スウ姉さん』に感じる違和感

甲府の本屋さんでは、村岡花子特集コーナーを
よく見かけます。
(NHKでやってるから全国的かしら?)


私は『赤毛のアン』は小学生のときに読んで大好きになりました。
当時は、モンゴメリの他の作品であるエミリーのお話や、ストーリーガールのお話なども
買ってもらって読み漁りました。
けれど、モンゴメリの本を読みたいと思っても、村岡花子の訳したほかの本、
という考えには至っていませんでした。


先日、近所の本屋さんで、村岡花子コーナーがあって、
村岡花子訳のE.H.ポーターの『スウ姉さん』があったので
買って読んでみました。
この人の本を読むのは初めてで、わくわくしながら。


銀行家の長女スウは、ピアノを習う傍ら、家の切り盛りをしています。
母がすでになくなっていて、父をはじめ、妹も弟も、なにつけても
「スウ姉さんに聞いて」と頼ってきます。


その父の銀行が破たん。
父はショックのあまり、痴呆症状を発症します。
一家は田舎に引っこみ、生活費および妹と弟の学費を
ねん出するため、スウ姉さんがピアノの先生になって家計をささえます。
妹も弟も痴呆になった父を見たくない、というので、介護はすべてスウ姉さんが
一人でします。
つらいことがあると、ピアノに向かって思いのたけを掃出し、
そして気持ちをおちつけて、また日々の雑事に戻ります。


作家の婚約者がいたけれど、彼は忙しくて相手のできないスウではなく
いつのまにか妹と仲良くなり二人が結婚、未来をかけた弟は大学をやめて
乾物屋の美しい金髪娘と結婚。


たいへんな日々の中でときおりあった楽しみは、
隣の家の息子が世界的なバイオリニストになっていて、
戻ってくるたびにスウ姉さんの伴奏でピアノを弾きたがり、
二人で時間を忘れて心行くまで音楽を楽しめたこと。
二人とも相手を愛していたけれど、合奏が楽しいのであって、
相手を愛しているということにはなかなか気づかなかったのですが。


父親が亡くなり、妹と弟からは、気兼ねなく自分たちの家にきてくれ、
という手紙がきます。
けれど、家政婦はもうたくさん、と思ったスウ姉さんは前からの夢であった
ピアニストになろうと、6年ぶりにピアノの恩師をたずねます。
そこで、あこがれていた女性ピアニストにこんな話を聞きます。


自分には絵の天分をもった友達がいた。
彼女は妹や弟の世話で絵を続けられなかった。
けれど、彼女は、弟や妹、めいや甥たちに必要とされている。
それがどんなにすばらしいことか。
私はピアニストにはなったけれど、何も生み出さなかった。
彼女は人をうみだした。頼りにされるのはとてもすばらしい生き方だ。


それを聞いて、スウ姉さんはピアニストの夢をすっぱりあきらめ、
田舎に戻り、たまたま戻ってきていた隣の男に
結婚を申し込まれて承諾し(男はスウ姉さんのピアニストの夢
のために結婚を申し込んでもむだだとおもっていた)、
幸せの予感をもって、おわります。



で、読んだあと、いやあ~な気分に襲われました。
何が嫌って、人のために尽くす生き方を
押し付けられているような気がすること。
村岡花子は1956年に書いたあとがきで、
『少女パレアナ』よりもこちらのお話のほうに数倍も
心を惹かれた、と書いてあります。


当時、耐え忍ぶ女性像はあたりまえであって、
そのような生き方をしている人たちを、
「それでいいのだ。人に頼りにされる人生には意味がある」
と肯定する意味合いがあったのだと思います。


けれど、今となっては…
どうなの?
そんなに女性は犠牲にならなければならないの??


正直、結婚ってすばらしいし、子どもを持つことは喜びだし、
結婚したほうがいいよおばさんになりたいくらいなので、
スウ姉さんの結婚はとてもよかったと思うのだけど、
なぜピアニストの道を選ぶことと結婚が両立できると、
誰も思わないの???
なぜスウが夢をあきらめたことを、未来のだんなさんは喜ぶの??


そして、ピアニストの人が例に挙げた、絵をあきらめた人は、
けして自分の人生が幸せだと満足していないのです。
「彼女はこういうけど、人に頼りにされる人生は幸せだと思う」、というのは
ピアニストの人の考えであって、絵をあきらめた彼女自身の考えではない。
自分が幸せでないことを、人に幸せだと言われても、
それは本当の幸せとは程遠いのです。
それを押し付けと感じたのだと思います。


そんなわけで非常に嫌な気持ちで読み終えたら、
平成14年の日付で書かれた文庫版のあとがきを
書いてる人(川端有子さんという人)が同じように、
「この終わり方は耐えられないほど苦い」と書いていて、
よかったわ、と思いました。


正直この終わり方をすばらしい、と思う世の中は
とてもとてもいきにくそうなので。
そうじゃなくたって、セクハラヤジみたいなのが
日本社会では「当たり前」という悲しい
現実もありますので。






ご近所の方
読みたかったらお貸ししますよ~。
(さんざんけなしておいて…)






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