学徒出陣した私には安倍首相のいかがわしさがすぐ分かる

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一部抜粋します。


先月、朝日新聞の「声」欄に、「人殺しを命じられる身を考えて」
という投書が載った。末尾には大学名誉教授 石田雄(東京都 91)
とある。この投書が話題になったのは、石田氏は戦争の生き証人
であるだけでなく、その生涯をかけて、「どうしたら二度と
戦争を繰り返さないか」を研究してきた学者であるからだ。
投書した老学者の目に、いまの安倍政権はどう映っているのか。

―― なぜ投書を書かれたのか。やむにやまれぬものが
あったのでしょうか?

私は軍国青年だったんですよ。自分がなぜ、そうなったのか。
それを明らかにするために研究者になったんです。
二度と戦争を起こさせないために政治学、社会科学を
研究してきたつもりでしたが、こういう時代が来ちゃった。


――こういう時代とは?

戦前、戦争に向かっていった時代と非常に似ていますね。
しかし、この年ですから、デモにも行けないし、
官邸前で大きな声を出すわけにもいかない。
社会科学者として何ができるか。切実に考えて、
やむなく、朝日新聞に投書したのです。


―― 具体的にはどの部分が戦前と似ているのでしょうか?

私は「日本の政治と言葉」という本を書いた際、
「平和」という言葉が歴史上、どういうふうに使われたかを
フォローしたことがあるんです。
平和というのは、最初は、非暴力という意味でつかわれる。
しかし、日本に(写真切れててみえず…)、
…いう使い方をされて、日清、日露、日中戦争において
戦争の大義にされていく。

これは日本の戦争に限った話ではなく、ありとあらゆる
戦争の言い訳、大義名分に「平和」という言葉が利用されてきたのです。
唯一の例外が、ナチス・ドイツの侵略ですね。

こういう歴史を見ていれば、安倍首相が唱える
「積極的平和主義」という言葉のいかがわしさがすぐわかるんですよ。


―― 平和という言葉の使い方がまず、そっくりだと。

それと、排外的なナショナリズムの煽り方ですね。
積極的平和主義と排他主義が重なり合うと
非常に危険な要素になります。
平和とは非暴力であり、非暴力とは敵を憎まないことです。
敵を理解することで、問題を解決しようという考え方です。
しかし、今の安倍政権は中国、韓国を挑発し、緊張を
作り出している。そこに積極的平和主義が重なるものだから、あぶないのです。

以下略。




石田先生の投書は下記。
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大学名誉教授 石田雄(東京都 91)

 積極的平和主義であれ、集団的自衛権の解釈によってであれ、海外での武器使用を認めることになれば、敵とされた人を殺す任務を果たす兵士が必要となります。旧日本軍の兵士であり、政治学を研究してきた一人として、安倍晋三首相には、こうした人のことを考えて政策決定をしてほしいと思います。

 私は、米英帝国主義からアジアを解放する正義の戦争だと思っていた軍国青年でした。しかし学徒出陣を命じられた時、どうしても人を殺す自信が持てませんでした。せめて見えないところで人が死ぬ方がいいと、海軍を志願しました。体が弱くて認められず、陸軍の要塞(ようさい)重砲兵を命じられました。目の前で人を殺さずに済むと安心しましたが、軍隊はそんな生やさしいものではありませんでした。

 命令されれば、誰でも、いつでも人を殺すという訓練をするのが軍隊でした。捕虜になった米兵を殺せという命令が出た時でも、従わないと死刑になるという問題に直面しました。

 戦争で人を殺した兵士は、ベトナムやイラクで戦った米兵を例にとっても、心の問題で悩んでいる人が少なくありません。殺人を命じられる人の身になって、もう一度、憲法9条の意味を考えてみて下さい。
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山梨という土地柄なのか、どこでもそうなのか、
自衛官募集の看板をよく見ます。
毎日見ながら保育園の送り迎えをするのですが、
キャッチコピーが、「平和を仕事にする」。


まさに、(わざと)まちがった「平和」の使い方…。
だけどそれを純粋に信じている人がいるんですよね。
ほかのことだったら「信じたい人は勝手に信じてれば」
で済みますが、これについては、そうも言ってられない気がします。


戦争ができる国になって戦争を始められてしまったら、
国民はいやおうなく巻き込まれていきます。
「積極的平和主義」とかの口車に乗る人たちのために、
非暴力の世界を求める私たちまで、戦争に巻き込まれる。


ほんとに、迷惑な、
迷惑どころじゃない、切実な話です。









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