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【感想】映画『フタバを遠く離れて』

無料公開中の『フタバを遠く離れて』
を見ました。


双葉町は避難所を埼玉県の加須市の(旧)騎西高校にします。
原発から少しでも遠く、という町長の思いで、
その避難所の暮らし、避難所を出てからの暮らし、
双葉への一時帰省(2時間)、吉沢さんの希望の農場の様子などを
淡々とインタビューしながら撮った映画です。



双葉町には、福島第一原発の5、6号機があって、
2011年4月からは、7、8号機を建設する予定だったのですね。
井戸川町長が、財政状況をざくっと語ってましたが、
潤ったのはしばらくで、ハコ物建設に金をかけてすぐ回らなくなり、
それで新規原発を誘致する、という原発マネーに依存すると
抜けられなくなる、その様子がわかりました。


体育館などの避難所はどれから過ごしにくかったろうと思います。
最初1400人近くいた人数が、
秋には600人台に。
(映画には出てないですが、2013年12月に、
最後の6世帯7人が退去して閉鎖されたようです)


自分がそういう立場だったら…、と考えてみると、
今は若いから、すぐに出て新しい生活を
探すだろうけど、もし70歳とかで被災したら、
自分がしたいようには、きっとできない。


双葉町長が「できるだけ遠くへ」と埼玉にきたけど、
福島に戻っている住民も多かったようです。


「埼玉は遠いからここへ来たよ」と、
いわき市に中古住宅を買って引っ越した
父子がいました。(お母さんは津波で亡くなった。
ベントの日、母親を探しに消防団が地区に入る予定だったけど、
出発一時間前になって、ベントだから取りやめとなった。
「あの夜は寒かったけど、まだ生きてた人も
いたんじゃないか」と言ってました。)


みんな離散してしまった。
「(埼玉に)定着しちゃったからね。戻りたいと思わない」
と言っている人もいました。
それは幸せなことだと思う。


どこに住もうと、
住んでいる場所に、このまま住みたいと思える
生活ができることがベストなんだと思います。
(ただそこが線量が高いなら…
引っ越すしかないんだと思うのだけど…)


デモのシーンがあって、
そのあとで、
「双葉の海を返せって叫んだけど、
返せるわけがないんだから
むだだってわかっててやってる」
と言ってる老夫婦がいました。



映画の最後に、
2011年12月に、日本政府は事故は収束したと発表、
と字幕が出たのですが、
そうか…
事故は収束したんだった…
なんて、国だろうか…。



3/23まで無料公開中です。
https://www.youtube.com/watch?v=JWjW_5lszQw

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