『泥沼はどこだ―言葉を疑い、言葉でたたかう』【感想】



泥沼はどこだ―言葉を疑い、言葉でたたかう


小森陽一さんとアーサー・ビナードさんの対談集。
対談が7つ入っています。


帯には、
「ウソとのたたかい方」とあります。


世の中ウソばかり。
真実をちがう言い方でよくみせかけた言葉が氾濫している
(というかわざとさせている)けど、それと戦うにはどうしたらいいか
ということが提言されています。


表題の「泥沼はどこだ」は2008年の対談です。


アーサー・ビナードさんが田植えをしていたときに、
自分の体内に取り込んだ栄養とか血液も、全部
泥から生まれたんだ、ってことを感じ取ったのだけど、
泥は悪いもののように使われる、と。


泥仕合、泥沼、なかでも「泥沼」がいちばん気になったそう。
イラク戦争の泥沼化のように使う時、泥に失礼だったのではという思いと、
イラクという侵略を受けている国を「泥沼」と呼ぶのは歪曲なんじゃないか、
たちの悪いレトリックがあるんじゃないか、と考えて、
それを説明していくのですが、ちょっと抜粋しますと…



小森:泥沼というのは、どろどろになってなかなか足が抜けないとか、
ずぶずぶとはまってしまって抜け出せない、さらに深みにはまる、
そういうことですよね。その言葉をイラクやアフガンの戦争に
対して使うのは歪曲だというのですね。


アーサー:だって、ぼくの母国のアメリカが、ありもしない大量破壊兵器を
でっちあげて、一方的に攻撃を加えて、それで占領支配を続けているでしょ。

(中略)


アーサー:アフガンもそうです。撤兵しようと思えばいつでもできます。
となれば、泥沼じゃない。


小森:ブッシュ大統領はわざわざアフガンに増兵しているのです。自分で軍隊を
入れておきながら、何が泥沼なのか。オバマ大統領になったらどうするのでしょうか。


アーサー:わかりません。ぼくら市民の頑張り次第だと思いますが。
でも「泥沼はどこだ」という今日のタイトルは、つまりそういうことなんです。
「イラクが泥沼化している」「アフガンが泥沼だ」と言うんだけど、
泥沼は、ぼくの生まれ育ったアメリカなんです。
足を引っ張って抜け出せない状況を作っているのは、実はアメリカ側の
ウォール街やワシントンなんです。
アメリカ側の泥沼が、いまの世界の危機を作っているということを、
結城の田んぼで悟ったんです。




当時はオバマが大統領になったばかりかな。
アーサー・ビナードさんはオバマ大統領に「期待」ではなく、
「希求」していたようです。
(お願いしてまかせるのではなくて、こちらから希望を伝えて
それに答えるように働きかけ続ける、という意味あい)
今はどうなのかな。


その後、対談は、2008年9月1日に福田康夫首相が辞めたこと、
その直前の8/27に、アフガンでペシャワール会の伊藤和也さんが
遺体で発見されたことでテレビの話題がそれ一色だったけど、
真相解明するととんでもないことが出てきそうで、辞任が必要
だったのでは、という話や、ペシャワール会がやっていること
(武器を使わず、自分の労働と技術で活動し、伊藤さんはサツマイモの
栽培技術を教えていて、その地域は食べられるようになっていた)
の話など。


さらに話はいろいろ飛んでその中に、
ペンタゴンは1947年までは「戦争省」だったのが、
その後「国防総省」という名前になった。
やることは戦争なのに、それを「戦争」と呼ばず「国防」と呼ぶ、
ということなど。



ほかの対談も、そういう感じで、福島のことや沖縄のことが
取り上げられていて、政府が使う、マスコミが使う言葉を、
そのまま鵜呑みにして使うのではなくて、
じっくり考えないといけない、という気になりました。
とてもおもしろくてためになる対談集でした。







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