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『放射線を浴びたX年後』

『放射線を浴びたX年後』という映画を見ました。
公式サイト↓
http://x311.info/

ストーリー


1954年アメリカが行ったビキニ水爆実験。当時、多くの日本の漁船が同じ海で操業していた。にもかかわらず、第五福龍丸以外の「被ばく」は、人々の記憶、そして歴史からもなぜか消し去られていった。闇に葬られようとしていたその重大事件に光をあてたのは、高知県の港町で地道な調査を続けた教師や高校生たちだった。その足跡を丹念にたどったあるローカル局のTVマンの8年にわたる長期取材のなかで、次々に明らかになっていく船員たちの衝撃的なその後…。そして、ついにたどり着いた、 "機密文書"…そこには、日本にも及んだ深刻な汚染の記録があった―



アメリカのビキニ水爆実験で被ばくしたマグロ漁船は、
第五福竜丸だけではなかったのですね!


このときアメリカは、3月1日にブラボーという水爆を爆発させて
それで第五福竜丸が被ばく、
その後、5月14日までの2か月半に、ロメオ、クーン、ユニオン、
ヤンキー、ネクターと、合計6発も実験していて、
知らずにその海域にいってマグロ漁をしてきた日本のマグロ漁船は
のべでいうと1000船近くなるということを知って、びっくりしました。


日本は一度、海域の汚染を調べる船を出しますが、
急に打ち切り、マグロの検査も、安全が確認されたとして
突然打ち切ります。


そして実験から7か月後、アメリカから200万ドル(当時の7億超)、
それを受領するなら以降何もいうな、というお金を
日本政府は受け取ります。


それらは、廃棄されたマグロ、風評被害で売り上げ減の補償、
そして船長たちに配られたけれど、いずれも十分ではなかった
といいます。船員たちはもらってもいない。
健康の心配を口にしたら船に乗せてもらえない雰囲気だった、
と当時を知る人が言っていました。


当時のことを元社会科教師の人が掘り起こしていくのですが、
その作業はみていて、つらくなるほどでした。
一人で、被害者を訪ねてまわり…
「もうその話はききたくない。電話しないでくれ」とか
言われて、それでも、「これをほうっておく日本のままに
しておいてはいけない」と。


それでも一人。
かつては教え子たちと聞き取り調査をしたそうで、
それがドキュメンタリーになったそうなのですが、
その教え子たちはどうしているんだろう…
とか思っちゃいました。


でもきっと、被災者の会を作って活動してた人たちには、
先生の存在はとても感謝されただろうなと想像します。
みな、どんどん亡くなってしまっていて、
被災者の会も会員がなくなって解散しちゃっていました。


ところで、船のどこかの機材が4000カウント(単位が不明)出した
というのを野口邦和氏が単位換算したら、
48ミリシーベルト/時の線量だった可能性がある、とのこと。
これにはびっくりです。なんて大量の被ばく…


そう考えると、福島の事故って本当に幸運だったのかも
しれません。
今『プロメテウスの罠: 明かされなかった福島原発事故の真実』を読んでいるのですが、高かった
赤宇木で、300マイクロシーベルト/時。
船で通過するのと、土地が汚染されて逃げようがない
のではまた状況がちがいますけども。
でもミリとマイクロでは大違い。


で、当時廃棄されたマグロは築地に埋められてるんですって?
(それは映画のあとのお茶のみで聞いた)
地面には何が埋めてあるか、わかりませんね…。
桜の木の下のしたいならば養分になるけども、
被ばくマグロでは、お話にもならない…。


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