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佐々木孝『原発禍を生きる』



佐々木孝『原発禍を生きる』


読んでいて、気持ちがかき乱されました。
避難した人と、残る人、の分断をあらためて感じました。


これはモノディアロゴスというブログを書籍化したもので、
書いていらっしゃるのは南相馬市在住の大学の先生だった方。
国の一方的な同心円の線引きによって住民が右往左往
させられることへの怒りがあふれています。


国に対する怒りはほんとにもっとなのですが、
その怒りは、例えば、介護施設で働いていて避難した人
たちへも向けられます。
職場放棄だ、と。


放射線をどこまで安全か、と考える
線引きは人それぞれだと思うのだけど、
著者からしたら「安全」なのに、「狼狽して」逃げだすのは
おろかだ、という論調。


私自身が責められている気がして、
反発したくなりました。
たとえば、老人と子どもでは放射線に対する感受性もちがう。
介護職員に小さい子がいるかもしれない、とか、
そういうことは想像しないんですか、とか。


って、これは毎日のブログを書籍にしたものだから、
震災後すぐにそこまで考えなかっただろうし、
考えても「この程度の放射線量で」とやはり批判したかも
しれないし、なんともいえないんだけど、
残された側としては、避難していった人に対しては、
無責任でおろかだと思うんだな…、と改めて実感しました。


著者の、いのちより大切なものがある、
それは人生だ、という主張、それはそれだけの人生を
積み重ねてきた人だからこそ出てくる言葉だと思う一方、
ではそれだけの人生を積み重ねていない、これから
人生を何十年と積み重ねていく子供たちにとっては、
まずいのち(というか健康な体)がなければ、その後の生活は
どうにもならないんじゃないか、と感じました。
そこには年齢という「分断」があるのかもしれません。


著者には認知症の奥さんがいて、
避難所暮らしのほうが大変すぎるし、避難所のある
福島市のほうが著者のすむ地区より放射線量が
高かったりして、冷静に判断して、避難所ではなく、
自宅ですごすことを選びます。


それは賢明だと思いました。
私も年をとっていたら、そうしようと思いました。
うかつに避難所などにいかないほうがいいこともある。


実際に、南相馬には、30キロ内には入りたくない、
と物資が届かない、という話は聞いていたし、
南相馬市長のyoutube動画は見ていたけど、
その中で生きていた方の声というのは目にしなかったので、
今回、この本で、「こういう思いで(そしてものすごく
不便を強いられる中で)生きていたのか」ということ
を知りました。


私は240キロ離れて横浜で、自分のことで精一杯でした。
ベクレルとは何か、シーベルトとは何か、その単位は、
ということを勉強して、そこから引っ越したい、
と考えていた頃でした。


いろいろ考えさせられ、心をざわつかされた本でした。
著者が奥さんについて書いた、
「唐突な女房賛歌?」の文章には泣けました。

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他人から見れば惨めな老老介護の一例でしょうが、
ちっとも惨めじゃありませんぞい。
彼女がかわいそうですと?いやー可哀相じゃないかも知れませんぞ。
だって彼女は遠ーい昔から、私の側にいるのが大好きでしたから。
彼女が決して理解できないコマーシャルは、「亭主元気で留守がいい」
でしたから。
そして施設なんぞ入れたら、今度は私自身がどう生きていけばいいかわからなくなる。
今はどこに行くにも一緒、朝から晩まで、最大距離三メートルで
ずっとくっついておりますです。
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