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中澤晶子『あしたは晴れた空の下で ~ぼくたちのチェルノブイリ』

中澤晶子『あしたは晴れた空の下で―ぼくたちのチェルノブイリ
を読みました。
1988年に書かれたことが、今また同じことが繰り返されていて、
私たちはあのときの教訓を何も学ばなかったんだな、
ということがよくわかります。
(※原子力マフィアは、放射能の影響はなかったことに
できる、ということを学んでいることはわかる)


主人公は、父の転勤でドイツのケルンにすんでいる
ギムナジウムの二年生(日本での小学校6年)の男の子。
チェルノブイリで爆発事故があったときの、
ドイツでの様子が描かれます。


汚染された牛乳や野菜が廃棄される様子、
妊娠している主人公のママが神経質に食材に気をつける様子、
そして何より、クラスメイトや住民同士の分断…。


主人公が淡い恋心を抱いている女の子は、
みんなで放射能事故について話し合っているときに
「電気を大量消費して得られる快適な暮らしにどっぷりとつかって
後戻りしたくない人がほとんどでしょう?そういう人たちに
事故がおこったからといって原子力発煙に文句をいう権利が
本当にあるんでしょうか?
障害を持った赤ん坊が生まれても、自業自得のはず」
という発言をします。
あとでわかったことは、彼女の別れて暮らしているおとうさんは、
原発の技師で、彼女はその父のもとに引っ越していきます。


また、野菜売りのおばさんの野菜が売れない、という話では、
その野菜をおばさんは食べているのかという問いに、
「食べていない」と答えると、「自分が食べないものを人に売るのか」
という批判があったり…。


まさにいま、そうしたことで日本でも分断がおきていると、
感じます。


ひとつ、抜け落ちているなと思ったのは、
推進勢力に対する批判です。


ひとりひとりの「楽に暮らしたい」という希望、
面倒くさいことは考えたくない、といういいかげんさが
今の世の中を招いていることは確かですが、
その裏で、着々と、原発を推進し、それでお金をもうけてきた
人々がいることは忘れてはいけないと思います。


自分達の生活を見直して、無駄なことは省く、
そして社会として、「需要仕分け」をすることが必要だと思います。
ほんとうにネオンは必要なのか?
コンビには24時間、開いている必要があるのか?
原発2,3基分の電力を消費するというリニアは必要なのか?


この本のあとがきを読んでいて、
「あの事故から二年たちました。輸入される食品の中から放射能が
検出されています。汚染された食品を口にせざるを得ない国々のことを思います」
とありました。
これが、今の日本になってしまったわけです。


さて、できることをしていかないと、
さらにまたどこかで原発が爆発することが避けられないと思います。


安部政権ってほんとに、どこまでおろかなのか。
新規の原発を作るんだって。
http://www.minyu-net.com/newspack/2012123001001548.html
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安倍晋三首相は30日、TBS番組で今後の原発政策をめぐり「新たにつくっていく原発は、事故を起こした東京電力福島第1原発とは全然違う。国民的理解を得ながら新規につくっていくということになる」と述べ、新規の原発建設を容認する姿勢を示した。

 「福島第1は津波を受けて電源を確保できなかったが、福島第2は対応した。その違いを冷静に見極める必要はある」と指摘した。

 福島第1原発を29日に視察し、民主党政権が決めた2030年代の原発ゼロ目標を転換する考えを重ねて示していた。
----------------


こういう人を止めるために何ができるのか。
考えていかねば。



ちなみに、「需要仕分け」は、元旦の東京新聞に載っていた、
倉本聰と、希望学なるものの、玄田有史という人の対談で、
倉本聰がいっていたことです。


今は再生エネルギーとか供給側の論ばっかりやってるけど、
需要側の論をやってない。「需要仕分け」をまず
やるベきだと思う。
テレビは24時間やる必要があるのか、ネオンはこんなに
ついてなくちゃいけないのか、とか。
それをやればだいぶエネルギーの消費量は抑えられますよ、と。


でもそれに対して、玄田氏の発言は、
「絆の話では…」と別の話をはじめる。
で、被災地のことに言及したことを受けて、
倉本聰が、「被災地のことを忘れないようにしたい。
広島、長崎、沖縄、福島というのは日本人が忘れちゃいけない
問題だし、ましてや沖縄や福島は現在形。
自分がどこまで親身に打ち込めるのか考えたい」
と発言すると、玄田氏は、
「僕は期待することについて新聞に期待したい。
被災地の人が恐れているのは忘れられること。
ちゃんと見ている人がいるというだけでどれだけ
エネルギーになるか。書き続けてほしい」
といいます。


玄田氏のいうことは正しいと思うのですが、
倉本氏が「自分は」と自分のすべきことを言うのに対して、
玄田氏は「新聞に期待したい」と人への希望を口にします。


「需給仕分け」という言葉にまったく反応していないことにしても、
この他人への期待にしても、この人、本当は何を考えてるんだろう、
と思いました。


で、ちょっとネットで検索したら、
「個人の希望を国家に託す恐ろしさ~東大の希望学の浅さと怖さ~」という
タイトルのブログ記事を発見。
http://sakichokomemo.blogspot.jp/2011/08/blog-post_9635.html?spref=tw


そもそもの立ち位置がちがうんだ、ということがわかりました。
「思えば出る」じゃないけど、
ちゃんと出るんだなー、と思いました。




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コメント

3/31シンポで

こんな本を書いておられる中澤さんがなんでまやかしもの(現職のとき原発にも岩国米軍基地拡張にも一切反対しなかった)の秋葉前広島市長をよんでのシンポなどするのか分からない。米国批判ができず、原爆投下責任を免罪しようとしたのが、ヒロシマナガサキ議定書で、国際会議ではその欺瞞性から1カ国として賛同者なしでしたよ。地元中国新聞は書いてないですね。また新広島球場の建設につき、今さまざまな疑惑も浮かび上がっていますよ。検察も関心を示しつつありますが、皆騙されたまま時間がたちすぎましたから、追及は難しいかも。ただ、自身の市長回顧録では任期中でただ一つの大きな建設事業だったこの新球場ついて、何もかけなかったのですよ。おかしいですよね。

2013/03/30 (Sat) 14:54 | 小林正典 #cpwyF1CQ | URL | 編集
Re: 3/31シンポで

小林さま、


そういうことがあるのですね。
世の中裏の裏がたくさんありそうで、
いったい何を信じていいやら状態です。

うかつには何も、信じないほうがいいのかも
しれませんね。

コメント、ありがとうございました。


2013/04/09 (Tue) 18:15 | Fumie #- | URL | 編集

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