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新年に田中正造を思う「人の道やさしく人に語るにハ うたに言葉をかりるよしかも」

元旦の東京新聞の筆流は
田中正造についてでした。


転載します。
-----------------
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2013010102000082.html
 「予は下野(しもつけ)の百姓なり」。
田中正造の自伝はこの言葉から始まる。
「小中の土百姓」「溜(ため)(下肥)かつぎ営業」とも自称した。
国会議員になっても、辞めた後も生涯一農民という認識は変わらなかった
(小松裕著『真の文明は人を殺さず』)


足尾銅山の鉱毒問題を追及、明治天皇に直訴を試みた正造は、
還暦を過ぎても遊水池化に抵抗していた谷中村の農民の粗末な家に泊まり込んだ。
常に民衆に軸足を置く政治家だった


銅山から渡良瀬川に流れた鉱毒は、洪水のたびに下流に被害が広がった。
天災と人災が複合した「合成加害」と喝破した正造は、
洪水被害の三分の二は「私欲と奸悪(かんあく)」が原因の人災と言い切った


今年は正造の没後百年になる。五年ぶりに再登板した安倍政権は
自らの原発政策への反省や検証もないまま、
民主党政権が決めた二〇三〇年代に原発ゼロという方針を覆し、
原発の新増設さえ視野に入れる。正造が生きていたら、
「加害者が何を言う」と一喝するだろう


銅の採掘のために伐採され、製錬所が出す亜硫酸ガスや山火事で
はげ山になった足尾の山林は、ボランティアが木を植えて、荒涼とした山肌に緑が戻ってきた


自然との共存を主張した正造に今、学ぶべきことは多い。
新年に当たり、もう一度かみしめたい言葉がある。
<真の文明は山を荒さず川を荒さず村を破らず人を殺さざるべし>
----------------
転載ここまで。



感動してたら、母が頼んだという今年の田中正造カレンダーをくれました。

tanakashouzoucalender.jpg


少しだも 人のいのちに害ありて
少しくらいハ よいと云うなよ


1901年の11月、正造の天皇直訴によって再燃した足尾銅山の鉱業停止、
被害民救済の世論の高まりに苦慮した政府は、鉱毒調査委員会を発足させた
のですが、1903年、その委員会が政府に提出した答申は、


「銅毒被害は少量で害はない。それどころか、少量の銅を
含んだ乳汁は乳児の発育にすこぶる良い」


というものでした。
放射能ホルミシスと一緒ですね…。
100年前から権力者側は同じことをしている。


一部の人間の利益のために、民が犠牲になる構図…、
今の原発渦とまったく同じ。
100年前と何も変わっていません。


<真の文明は山を荒さず川を荒さず村を破らず人を殺さざるべし>
と正造はいったけど、
100年たっても、日本は真の文明国になれてはいない。


「何も変わってないね」と母に言ったら、
「そうだね。でも人権なんかはずいぶん向上してるよ」と。
確かに。
命の値段は当時より高くなっている。


でもその人権も、憲法改正の動きの中で、
奪われようとしています。
現行の日本国憲法は、国や官僚の暴走(暴力)から庶民を守るものだけど、
自民の改憲案では、国のために国民がいる、という定義になっていること、
それはおかしいってことを広く伝えていかなければと思います。



最後に田中正造のそのほかの短歌をのっけておきます。


人の道やさしく人に語るにハ うたに言葉をかりるよしかも

虐げになく民草と植えし子は 母と救いをただまちに待つ

議員ども鬼の灯ちんもちをして 足尾の山にやみの夜あるき

芸者買う小銭は山ほどあるとても 渡良瀬川の利害は知らず

食い太り泥棒づらハ馬車にあり ひづめに倒る国の細民

何事もあきれてものふ云わぬとも 云わねばならぬ今のこのさま

潰れてもまだほろびぬとおもふまでに 目なき耳なき国のなりはて

ないてみてもわろうてみても今の世は語ろふべきの人の乏しさ

うき事を心磨きとおもふべし 研ぎへらさるも玉となれ人

世をいとひそしりをいみて何かせん 身をすててこそたのしかりけり




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