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甲府空襲 ~もうひとつの七夕~

今日はある場所に行こうと思っていたら、
娘が学校できいてきた「もうひとつのたなばた」という大型紙芝居がみたい、
絶対それが見たい、と言い張るので、それをやるという
小学校の体育館に行きました。


もらったチラシもなくしていたし、
何をやるのかもよく知らず。
そんなに人がいないだろうなー、
紙芝居が終わったらすぐ終わりかな、
なんて思っていたら、
たくさんの人に、充実した内容。
ほんとに、行って良かった。


甲府では、1945年7月6日の深夜、空襲があって、
1127人亡くなったそうです。


「もうひとつの七夕」のお話は、目黒から
甲府に疎開してきた、300人の子どもたちと先生8人が
甲府空襲にあって、そして2人の子がなくなってしまったお話でした。


写真 (91)

空襲にあわないように田舎にやったつもりが、
一人でひもじい思いをしながら死なせてしまって、
ごめんねえ、とお母さんが遺骨を抱いているシーンは
胸にきました。

いつだって、母親は、子どもが死んだら、
それを自分のせいにして、生きていくのじゃないか…。


第2部は、甲府の北新地区にあった、第四十九連隊のこと。
今小学校があるところは兵舎で、
保育所があるところは火薬庫だったそう。

写真 (92)

先生たちが兵隊に扮したちょっとした寸劇もありました。
甲府から、フィリピンにいって、
ほぼ壊滅してしまったそう…。


第3部は、対談で、
「被災地の今と未来を考える」というものでした。


政府が安全といってきたけど、そうではなかった、
いざとなったら国が教えてくれると思ったけど、そうではなかった、
福島のことは人ごとではない、
福島のことを考えることは
甲府の今と未来をかんがえることでもある。
ちゃんと考えよう、という内容でした。
わかりやすかったです。


そして、政府の言い分とまっこう対立することを
(野田総理が、事故は収束したけど、収束していない、とか)
学校という場でやれる甲府ってすごいところなんでは、
と思いました。
橋下さんの大阪市では絶対ありえないだろうな。


本当は対談相手に福島からの避難者Aさんが来る予定だったけど、
こういう場で話すのがつらいからこないとのことで、
対談相手の先生が一人で発表。


ですが、終わった後、Aさんが来て
ひとこと話してくれました。



故郷を奪われたことがいまだ信じられない、
もしまた別の場所で同じようなことがおこったら、
どこで安心して子育てをしたらいいのか…、と。


お話のあと、Aさんにちょっと話しかけたのですが、
お子さんが4人で、孫が生まれても集まれるようにと
立派な家を建てたのに…と言っていました。


そういう未来が、一瞬にして、奪われてしまいました。
家はきれいなまま(写真も発表の中にでてきた)、
なのに、帰れない。
帰らないのではなくて、帰れない。
どんなに、つらいことか。


そんな人の事情はどうでもいいことして、
政府は原発を再稼動して…
全部根はつながっていると感じました。


戦争も、原発も、給食問題も、
庶民のいのちを軽視している点で、一緒です。


Aさんが、1ヶ月前に教職員の勉強会で話した内容というの
が会場に貼ってあったので写真をとってきました。
ぜひお読みください。

写真 (89)

写真 (90)


…と、ブログを書いていたら、
小2と4歳が兵隊さんのまねをして行進してきて、
「花火はどこですか!」(ピシッ!)
とやってきました。
まったくもう。戦争はけっこうですよ。
今夜は平和に花火をします。


でも、線量の高いところでは、花火もできない、
自転車にも乗れない、スイカ割りもできない、
ふつうに生活できない、息もできない、
ってことは忘れちゃいけないと思いました。


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コメント

私も見ました

こんばんは、はじめまして。
私も今日、子どもを連れてはじめて見に行きました。
このお話に出てくる地域は、母の実家のすぐ近くだったので
まさにこの時、この子どもたちと同様に母たちは必死に
逃げていたんだな…と思うと胸がいっぱいになりました。

私も母となった今、子どもたちにはこの先どんなことが
あっても強く生き伸びて欲しい、と常に願っています。

2012/07/07 (Sat) 23:36 | rinako #- | URL | 編集
甲府空襲と甲府連隊、そして学童疎開

Fumieさん、コメントの件名に書いた3つのことを私は甲府に来てから知りました。
何度かブログの記事にしてきましたので、ある程度の事は分かっているつもりです。
3.11後に学童疎開を実施すべきだと書いた事があります。
給食問題に気付いた時に、この3つの歴史から学ばれている甲府市や山梨県では学校の先生方のご意見がきっと行政を動かすだろうと思っていたのですが、状況はむしろ他都市に遅れてしまったと感じています。
そこに震災瓦礫引き受け推進です。
歴史の重さをどのように活かしていくか、難しい問題だとつくづく感じます。

2012/07/08 (Sun) 01:24 | ictkofu #Il.JVJcE | URL | 編集
Re: 私も見ました

>rinakoさん、


はじめまして。

> 私も今日、子どもを連れてはじめて見に行きました。
> このお話に出てくる地域は、母の実家のすぐ近くだったので
> まさにこの時、この子どもたちと同様に母たちは必死に
> 逃げていたんだな…と思うと胸がいっぱいになりました。

お母様のご実家のそばのお話だったのですね。
どんなにこわかったでしょうね。
紙芝居だけでも、こわかったのに…


> 私も母となった今、子どもたちにはこの先どんなことが
> あっても強く生き伸びて欲しい、と常に願っています。

ほんとに、今そんな現状ですし、
私も同じように思っています。


rinakoさん、
同じ小学校ということでしょうか。
であればぜひお会いしたいです。
もしよかったら、
whomin@yahoo.co.jp
にご連絡いただけるとうれしいです。

今後ともよろしくお願いいたします。



2012/07/08 (Sun) 17:36 | Fumie #- | URL | 編集
Re: 甲府空襲と甲府連隊、そして学童疎開

>ictkofuさん、


先日は夫がお世話になりました。

> 3.11後に学童疎開を実施すべきだと書いた事があります。
> 給食問題に気付いた時に、この3つの歴史から学ばれている甲府市や山梨県では学校の先生方のご意見がきっと行政を動かすだろうと思っていたのですが、状況はむしろ他都市に遅れてしまったと感じています。

むすびばの小河原さんの話だと、
受け入れ側の自治体は、わりと名乗りをあげてくれる
ところが多いらしいのです。
が、福島側が、人を出すことを是としないのだそう。
出すということは、汚染を認めることであり、
出すことで人が減ってしまっては、自治体として
成り立たなくなるからだと思います。


> そこに震災瓦礫引き受け推進です。
> 歴史の重さをどのように活かしていくか、難しい問題だとつくづく感じます。

歴史の重さ。
まず知ることが重要ですよね。
今回、行って、本当によかったです。

ただ、国としては、前回の戦争の重さがまったくいかされないまま、
核の平和利用なんて建前だけかざって
庶民の命を紙きれ一枚より軽く見るような政策ばかりで…。
悲しいことですね。


コメント、ありがとうございました。


2012/07/08 (Sun) 17:39 | Fumie #- | URL | 編集

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2012/07/07 (Sat) 21:55 | まとめwoネタ速neo
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