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いろいろな世界 ~ナイジェリアからジプシーへ~

最近、TEDという番組を時々見る。
なかなかおもしろい話が多いので。
その中でも心に残っているのはこれ。


「チママンダ・アディーチェ: シングルストーリーの危険性」
https://www.ted.com/talks/chimamanda_adichie_the_danger_of_a_single_story?language=ja


ナイジェリア出身の作家、チママンダ・アディーチェの話。
アメリカの大学で寮に入ったとき、米国人のルームメイトは、「アフリカ人」はガスの
使い方も知らないかわいそうな人、という態度で接してきたという。
でもそうじゃないアフリカもある。
それが、思い込みによって見えなくなっている、というような話。


この人の話をきいて、私も「アフリカ」というと、飢餓とか危険とか、
サファリとか、そういう面でしか見ていなかったなと気付かされた。


話がとってもよかったので、この人の書いた、
半分のぼった黄色い太陽』『アメリカにいる、きみ (Modern&Classic)』を読んだ。
前者はナイジェリアの内戦前から内戦後までをあるカップルの生き方を通して描いたもの。
平和な日常がいつのまにやらちなまぐさいものに変わり、愛にあふれていた二人の生活もとあることから
亀裂が入っていたりして、革命家のように見えた相手もただの男だったということがわかったり…
二人の関係を興味深く観察しているうちにナイジェリアについて少し知ることができて扉が開けた感じ。
後者のほうは、国を離れて異国で暮らす生きにくさ、でも戻れないつらさが伝わってくる。


アフリカの、しかも女性の書いたお話ってよんだことなかったわ!と興奮して、この人を日本に紹介した
訳者がほかにどんな本を訳しているのかをちょろっと見てみた。
そしたらこれまた興味深そうなものが多く、いくつか買ったのだけど、最近読んだのはこれ。
なんというかっこいいタイトルだろうか。
(かなしい歴史からこのタイトルなんだけど)




ジプシー(ロマ)のことを何も知らなかったけど、最初のほうで筆者がジプシーの家庭で一緒に暮らしたときの
様子が細かく描かれていて(奥さんが実権を握っていて、嫁たちは朝から晩まで働いて、
でも仕事がない男性たちよりやることがあって充実しているようにも見える、とか)おもしろくて、
いったいジプシーとはどういう人たちなのかとわくわくした。


ジプシーはどの国でも昔から迫害の対象であり、
ナチスが台頭したときに、ユダヤ人と同じように、ジプシーというだけで収容所に送られ、
たくさん殺されたということは知らなかったし、移動生活を禁じられたりして今は定住している
ということも知らなかった。文字を持たないということも知らず、ジプシー以外の人間(ガジェ)と
交流することはジプシー内で禁じられている(穢れるから)、ということも知らなかった。
そしてジプシーらしい暮らしを奪われ、今置かれている状況についても
知らない事だらけだった。


ツタヤをうろうろしていたら、たまたま目に留まったDVDが『パプーシャの黒い瞳』だった。





このパプーシャ、先に書いた本にもでてきていて、詩人としてとあるポーランド人に見いだされたけれど、
彼がジプシーについての本を出版した際、パプーシャの詩も載せたりしたので、
仲間から裏切り者とされ、以降、孤独に生きた、という人。
ジプシーの言葉には書き文字はない。でもパプーシャは字を覚えたくて、盗んだ鶏を持って行って字を教わっていた。
それが自分を不幸にする元だった、とパプーシャは後で言っていたけれど…。
白黒映画だけど、風景がとにかくきれいだった。
ひらけた森に川が流れて、そこのそばで野営したりする。


それももう、失われた世界なんだけれども…。
ジプシーとガジェの相容れなさはよく伝わってきた。





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