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曽野綾子氏の件と、劣等感が残る私の留学体験について

先日、日本の学校で使われている英語の教科書で、
米国でのアフリカ系アメリカ人の公民権運動
が取り上げられているのを読みました。


ローザ・パークスの行動で始まったバスボイコット事件から、
マーチン・ルーサー・キング牧師の有名なスピーチ、
そして公民権法の制定、そしてオバマが大統領になったことなど
が書かれていました。


人種差別である、「隔離」の例として、
トイレが、WHITE と COLORED に分けられている絵もついて
いました。


黒人の人たちがどんなにがんばって権利を獲得したか、ということが
書かれてるのを読んで、それはそれで「なるほど」と思わせられる内容では
あったのですが、なんかおかしいと思ったのが、
「COLORED」についてまったくとりあげていないことでした。


COLOREDっていうのは、「色のついた」という意味で、
有色人種を表します。黄色人種である日本人もCOLOREDです。
人種の隔離は、けっして、WHITE と BLACK に分けたわけではなくて、
WHITE と COLORED に分けたんです。
つまり、日本人だって、肌の色で差別されるんです。
それを全く感じさせない、ある意味他人事な文章には
違和感がありました。


でも、日本での意識はそんなものなんだなって思ったのが、
曽野綾子氏が産経新聞に書いた、アパルトヘイト容認のコラムです。
日本は今後移民を入れるべきだ、けども、住むところは別にしたほうがいい、
として、その例として南アフリカの白人専用マンションに、黒人が入居してきて、
黒人は10人とかの大家族主義だから水が出なくなって、そのマンションから
白人が出て行った、というようなことが書かれていました。
だから、住むところは別にしたところがいい、と。


これは人種隔離をすすめている、ということです。
このコラムに対して駐日南アフリカ大使から抗議が来た、というのは
記憶に新しいところです。
曽野さんは、「差別じゃなくて区別」だって言い訳したそうですが、
人種を理由に区別するのは立派な差別であると、人種差別撤廃条約が
言っています。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/conv_j.html#1

第1条

1 この条約において、「人種差別」とは、人種、皮膚の色、
世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、
排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他の
あらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、
享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう




不思議なのは、曽野さんは、自分が”区別”される側になるってことを
これっぽっちも想像していないことです。
南アフリカで名誉白人とか言われて喜ぶタイプの人なんだろうけど、
なんという想像力のなさ。



私は高校生のとき、1年間、アメリカの高校に通っていました。
交換留学というものです。
英語はなかなか話せるようにならず、わからない人を待とうなんて
やさしさを持ち合わせている高校生はなかなかいなくて、
何か言われて二度も聞き返すと、"Never mind."(気にしないで)といって
立ち去られたものでした。


劣等感にまみれた1年…、
って感じだったので、戻ってきたらあっちのことは忘れたいと思ったら
ほんとにだいたいのことを忘れてしまったのですが、同じように劣等感にまみれた人の
本を大学のときか、就職してからか、見つけて、興味深く読みました。




私小説―from left to right (ちくま文庫)


作者は12歳のときに家族で渡米し、そのまま大学院までアメリカで過ごします。
英語が話せない劣等感から日本文学にのめりこみ、その後、
ずっと、アメリカに溶け込めない思いと、日本への郷愁を胸に頂いて暮らしています。


どれもこれも、そうだったな…と遠い目で思い返すことが多いのですが、
特に感じたのは、これ。

学校に行けば回りはすでに思春期に入り精神生活の
比重が増えてきた少年少女ばかりで、そこに形成されつつあったのは、
言語を操る能力で過酷に階層化される大人の社会だった。
私はそこで言葉のできない人間は人間ではないということを
学んでいかざるを得なかった。足し算引き算などは日本の教育の
おかげで人並みだった私を低能だと思う級友はいなかっただろうが、
面白いことを何一つ言えなければ低能であるのと大差なく、
最下層に位置づけられて当然だった




で、このころの作者には、友達のいないLindaという子がつきまとって
きては自意識過剰な質問ばかりする、という記述が続くんだけど、
私によくしてくれた子たちも、そういうはじかれる子たちばかりでした。


水泳部で私の話し相手だったヘレンは、とても太っていました。
太っていると、やはり階層は下です。
あるとき、写真館で写真をとってきた、と、濃いお化粧をした
まま水泳の練習にきたヘレンに向かって、別の子が、
"It's so artificial."と言ったのは忘れっぽい私がとってもよく覚えいる
一コマです。「とっても人工的ね」と。
(私もいろいろ言われてるんだろうけど、自分のことは
忘れるようにしているので、記憶にとどめてない)


私が通っていた学校は公立高校だったのですが、
黒人はほんの2,3人、メキシコ系のヒスパニックがけっこういて、
大多数は白人でした。アジア人はいなかったかもしれない。


彼らの間には明確な線が引かれていて、
それぞれの人種ごとに仲良くしていました。
私は、ほかの英語ができなくて交友関係から落ちこぼれ気味の交換留学生、
それから日本に興味をもっている一握りの白人の子と
話をするくらい…で、友達になりたいと思う相手にはなかなかうまく
話せなくて落ち込んで、という感じでした。


今思えば、日本に興味を持って、それで私と友達になろうと
してくれた子もいました。
けど、お泊り会で、6人くらいのしっかりした子たちが、
政治の話をして、「あなたはどう思う、フミエ?」なんて聞かれて、
英語もわからないし、政治もわからないし、
「もうだめ、ついていけない!」と思ってしまって、それっきり
連絡しなかったり…(別の学校の子だった)。
ときどき、懐かしく思い出します。名前も忘れちゃったのだけども。


話がそれました。
もとは人種差別の話をしていて、この本を紹介していたのでした。
本の中で、日系人のMariという子が本の中の「私」に話した内容がすごく印象に残ってます。


Mariが知り合った、
日本人の父、白人の母を持つWendyは、幼いころ父親と死に別れて、
母親に連れられてアメリカに行ったのだけど、白人に近い容姿にも
かかわらず「有色人種」の日本人の血が半分入っているというので
高校卒業後は黒人の大学に行ったのだといいます。


黒人大学を卒業して何年か働いたあと、極東について勉強しようと
思って、Mariのいる大学院(つまりは「私」のいる大学院)にきて、
Mariと出会い友達になり、あるとき二人で歩いていたら、向こうから歩いてきた
黒人の学生とすれちがった。Mariはほとんど顔も見なかったけど、Wendyは
"Wow, did you see the guy? He's really cute!"とMariにささやいたという。
Mariは驚いた。「本物の黒人の男に欲情するのはふつう黒人の女に
限られたことであったからだ。」


で、日本人だったらなんていうでしょうね!とMariは言うのだけど、
憤りの理由は、


こちらの人間からどう見られているかを知らないということは、
それを知っている人間の目にどれほど威厳のないことに見えるか、
そしてMariのように日本人の血を引いた人間の目にどれほど
恥ずべきことに見えるか。




ということでした。
外からどう見られているかをまったく知らないでいること、
それを、憤っていたのです。


白人以外の人は、全部、カラード。
日本人は、黒人と自分たちはまったく別物だと思ってるけど、
白人のそう考える人からみれば、同じカラード。


この小説の「私」は1951年生まれ。
で、アメリカで公民権運動がさかんになったのが、1950年代~60年代、
米国の黒人が本当の意味で選挙権を手にしたのが1971年、
この本の「私」が大学院生で20代半ばだと仮定すると、描かれているのは
1970年代中ごろのアメリカかなと思います。
そう考えると、ここに描かれている人種差別は少しはましになっているかもしれません。
ただ、表向きにはそうであっても、”区別”というものは明確に存在している気がします。


この本は、from left to right と書いてある通り、
横書きで、左から右に書かれた小説です。
姉妹の会話には英語が登場します。
読みにくい感じが一瞬するんですが、慣れると大丈夫です。


ヨーロッパから来た人たちがどんどんアメリカ社会に溶け込んでいく中で
「私」が感じるのは、距離ばかり。
もともとアメリカはヨーロッパからの移民でできた国なんだから
そりゃそうだよ、という日系人の友達。
個人である前に、東洋人、有色人種として見られる、ということが
いろんなエピソードで出てきます。


私が留学していたときは、堂々と人種差別を
された記憶はないのですが、
お店の人の私への発言をホストマザーが怒っていた記憶があります。
私は英語力がなさすぎて、そして文化への理解がなさすぎて、
それを差別的なことだと考えられなかったけど、
あの1年間がとてもつらかった理由には、私がダメだったということだけでなくて、
それもあったのかなって、この本を読んだときに、初めて気づいたのでした。
そしてちょっと救われたのでした。


ま、そんなわけで私が言いたいのは、曽野綾子氏の発言は
何も考えてないんだなってのをよく示しているし、
あと、よく中国人や韓国人を見下す人がいるけど、
同じ人種で何やってるのかな、欧米の差別主義者からは
同じく見下される同士なのにということなのです。
差別をされる側の身になって考えよう、ということじゃなくて、
「あなたも私も差別される側なんですよ」
と言いたい。
それを認識したうえでの行動をしたらどうかと思います。





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